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日本橋容器大学

包装の生い立ち(その2)

1.風土・文化で変る包装の歴史

広大な草原を風土とする西欧での生活は狩猟に始まり牧畜へと移行しました。食文化も腐りやすい獣肉では煤焼(すすやき)、燻製(くんせい)、塩蔵、干し肉、酢漬けなどの保存法が早くから開発されました。同時に包装材料として,皮や内臓などを利用した皮袋が土器・陶器ともに利用されてきました。

壷や皮袋によるワインの広域輸送のローマ帝国繁栄への貢献、大航海時代の樽による食糧や水の船上での貯蔵、欧州全土にわたる長期の宗教戦争時における軍用食糧の確保など、包装の重要性と新しい包装容器の必要性が西欧では益々高まっていたのです。

そして18世紀の産業革命以降の大量生産・大量販売という物流の拡大が今日の食品包装発展の原点になったと考えられます。
一方、四方海に囲まれ豊かな山野に恵まれた狭い国土の日本では、魚や植物の実など自然食品に恵まれ、農耕米作中心の食文化のため、食品を大量に保存したり輸送する必要性は、あまり高く無かったと考えられます。食品の保蔵は穀類の乾燥、魚の塩蔵・乾燥が主体で、包装も木箱・樽・筵(むしろ)・俵など植物材料が保存・運搬用容器として利用されて来ました。

植物材料中心の伝統的包装が明治時代まで継続したことは言い換えると、日本がいかに平和で風土や文化に恵まれてきたかの査証とも言えます。
また日本の食文化は、西欧の食品の長期保存法や大量運搬方法の開発と言うよりも、美味しく食べるための食品加工保存法の開発に主眼が置かれ容器もまた芸術的価値を付与したものへと発展したものと考えられます。美しい皿に盛られた刺身・鮨、その他樽や経木、藁製の容器に入れられた各種発酵食品(いずし・味噌・醤油・漬物・納豆他)などは日本が誇れる独特の食文化と言えます。

2.包装容器近代化への幕開け
ナポレオンがきっかけとなった、びん・缶詰製造原理の発明

フランス革命後皇帝となったナポレオンは軍用食糧の供給が思うに任せられなかったので、1万フランの懸賞金を懸けて食品の新貯蔵法を募りました。その結果発明されたのがニコラ・アペール(フランスの宿屋の息子)のガラスびんによる加熱処理方法、ガラス壜に食品を詰めコルクで蓋をして煮沸加熱する方法で、今日のびん・缶詰製造法の原点です(1804年)。

フランスの細菌学者パスツールが食品の発酵や腐敗が微生物によって起こることを明かにし(1873)、自然発生説を否定する以前のことで、アペールの経験に基づく一大発見と言えます。

破損し易いガラスに代る容器としてキャニスター(Canister)と呼ばれたブリキ缶がピーター・デュランド(イギリス人)により開発されました(1810年)。
手作りのはんだ付け容器で世界初の缶詰工場が英国に設立(1812年)されスープや肉野菜混合煮の缶詰が製造されました。しかし,その生産性は60~70缶/1人/1日と低いものでした。米国初の缶詰工場はウイリアム・アンダーウッドにより設立(1820年)、日本では松田雅典がレオン・デユリーに指導され、いわし油漬缶詰が初めて製造されました(1871年)。

しかし、当時は小穴のあいた缶蓋(かんぶた)をはんだ(錫・鉛合金)付けした空缶に、中身を入れて煮沸加熱し、その後小さな缶蓋をはんだで密封したので、生産性も悪く、缶内にはんだの小粒が混入する可能性もあり、決してサニタリー(衛生的)とは言えないものでした。

初期のカンヅメ
二重巻締技術の発明

金属缶に革命的な改良を与えたのは、ジュリアス・フレチンガーによる二重巻締法の発明(1897年)で、缶容器や缶詰の生産性が飛躍的に向上しました。また、この発明により缶内面へのはんだの混入が完全に遮断され、金属缶はサニタリー缶と言われる衛生的で安全な密封容器としての評価を勝ち得る事ができました。同時に缶内酸素の除去も容易になり加熱殺菌も容易になり、今日最も理想的な食品保存容器と言われる缶詰容器の基礎が築かれました。(動画で見る二重巻締工程 参照)
缶詰容器の密封方法として、その信頼性と高速性において、二重巻締法に勝る密封技術が今なお発見されて無い事からも、二重巻締方法の優秀さが十分うなずけます。 また周辺技術として、ヘンリー・エバンス(米)(1849年)による缶蓋の自動打抜機並びにアムス兄弟(米)による缶蓋カール部への液状ラバー(シーリング・コンパウンド)の塗布技術(1896年)。その他缶蓋巻締機を含む自動製缶機の開発並びに食品加熱殺菌効果の飛躍的向上に貢献したA・K・シュライバー(米)によるレトルト:オートクレーブ殺菌釜の完成(1874)などの存在を忘れることは出来ません。

近代包装技術を育む合成樹脂

20世紀に入り大量生産大量販売という物流の変化に対応し包装が単なる内容物の保存保護のみに止まらず販売促進の武器としてユニットパッケージ(個別包装)が登場し、包装の重要性が一段と高まりました。

一方、容器包装材料面では第2次世界大戦後の技術革新により全く新しい容器素材として各種合成樹脂が開発されました。これにより、金属容器の内容物への保護性能は飛躍的に向上しその用途も画期的に拡大しました。また同時に各種プラスチック容器が誕生したことで、今日のような多様化した食品包装市場へと発展した訳です。  金属缶容器について見れば、高性能塗料の開発や、缶きり不要蓋イージーオプンエンド(EOE)の開発(1963年米アルコア社)その他幾多製罐技術の進歩により、金属缶の用途は一般食品に止まらず、ビール・コーヒーなど嗜好飲料をはじめ飲料水にまで飛躍的に拡大しました。

またプラスチック容器について見ると,各種フィルム包装特に多層フィルムによるレトルトパウチの発明は調理済みカレーと言う新商品誕生(ボンカレー1968年:大塚食品社)に始まりその後、缶詰食品市場の一角に一大橋頭堡を築く事態にまで発展しました。

最近では透明で割れにくいペットボトルなど各種成形容器の誕生と清涼飲料への小型ペットボトルの使用解禁(1996年)が壜など伝統的容器の市場を席捲するなど食品包装容器市場への画期的変化をもたらしています。

これら包装技術並びに食品加工技術の進歩は、スーパー・マーケットやコンビニエンス・ストアーの登場並びに自動販売機(ベンダー)の展開という販売・物流面の変革に呼応して、食品包装産業が今日の業態をもたらした最大の立役者の一人と言えるのではないでしょうか!

写真・画像提供:缶詰技術研究会
文: 元大和製罐株式会社総合研究所長 長澤善雄